ブログ・アクセス
このブログには管理者だけが見られるページ(管理画面)があって、そこには日々のアクセス数の詳細や、リンク元のランキング、検索ワードのランキング、記事別アクセス数のランキングなどが連日表示されています。
そこで昨日起こったこと。
検索ワードで「森本」というワードが第6位に突如登場、100人弱の方がこのワードで昨日このブログにいらしてくださいました。
記事別では『カンボジア土産は「クメール伝統織物研究所」のシルクだけ』という2011年5月10日の記事が第3位に、何と366回のアクセスがありました。
どうやら、これ、昨日「世界ナゼそこに?日本人」(テレビ東京)というテレビでやっていた森本喜久男氏のドキュメンタリーのせいのようです。
僕は見られなかったのですが、うちの奥さんはその番組をしっかり見ていたと・・・。
何でも森本さん、膀胱癌で余命数年と宣告されているんだとか、しかも治療をしないで自然に任せる方針なんだとか。
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強い人です、お会いしたときにも柔和な微笑みの奥に本当に強い信念を感じる人ではありました。
頑張れ、森本さん。
もう一つの昨日のブログ上の変化は、突然『「ちょっと高雄まで」週末弾丸』という言葉がワード検索で3位に入り、僕の去年11月から12月にかけて34回に分けて書いた高雄旅行の記事が軒並みアクセス数を上げていたことです。
ピーチ・アビエーションやエバー航空が日本から高雄直行便を次々に就航させ、台湾南部が旅行先として注目されているからでしょうか。
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もしかするとどこかで僕の高雄弾丸旅行のことが取り上げられたのかもしれません。
シェムリアップにしても高雄にしても、僕の旅行記録が少しでもお役にたてれば、本当に嬉しいです。
by shackinbaby | 2014-01-22 12:41 | 旅行 | Comments(8)
Commented by EL at 2014-01-23 11:04 x
2000年頃だったと記憶してますが、知人がやっていたシェムリアップの日本食店で森本さんとたまたまお会いして、少しお話させていただいたことがあります。
元々、東南アジアの古布に興味があったこともあり、親切に色々と教えていただいたことを思い出します。
研究所にお誘いを受けたのですが、翌朝現地を出発予定だったので訪問できななかったことが心残りでした。
病に負けずにいつまでも頑張ってもらいたいです。
Commented by shackinbaby at 2014-01-23 19:04
>ELさん
わぁ、十数年前ですね、その頃は森本さんもまだ日本で知る人は少なかったでしょう。
僕が知ったのは確か「AGORA」かなんかの特集記事で6~7年前、ELさんのアンテナは素晴らしい!
その時代のシェムリアップは交通インフラだって今とは大違いでしょうし、ELさんの行動力にもかなりうらやましいものがあります。
森本さんのいつでも笑顔で穏やかに淡々と話をされる、だけど奥に強い強い信念を持った姿は、今でも僕は忘れません。
ELさん同様、病に負けずにいつまでも頑張ってもらいたいと思います。
Commented by EL at 2014-01-23 20:36 x
私が初めてカンボジアを訪れたのは1997年で、高級ホテルはラッフルズくらいしかなかったように思います。
確か街に信号が一つしかなく、それもまともに機能していませんでした。
バンテアイ・スレイ周辺の地雷撤去が終わったばかりで、強盗対策の護衛を雇って決死の覚悟?で見に行った記憶があります。
今のシェムリアップの発展ぶりは、当時のことを思うと嬉しく思いますね。
Commented by shackinbaby at 2014-01-24 10:45
>ELさん
「バンテアイ・スレイ周辺の地雷撤去が終わったばかりで、強盗対策の護衛を雇って決死の覚悟?で見に行った記憶があります。」
すごいお話です、その頃からのシェムリアップをご存知なら、最近のシェムリアップはある意味面白くないかもしれませんね。
商業主義のはびこり過ぎで・・・。
その当時はシェムリアップにはどう入られたのですか?
国際線の付く空港はもうあったのでしょうか?
僕が着いた国際線ターミナルは2005年に出来たと言っていました。
Commented by EL at 2014-01-24 16:10 x
その時はバンコクからプノンペンへ飛び(ロイヤルエアカンボージュ)、ボートで川を上ってシェムリアップへ入りました。
シェムリアップ行きのフライト(バンコクエアウェイズ)もあったはずですが、値段が高く諦めたんだと思います。
治安が悪いといっても、市内は比較的平穏で旅行者も結構集まってきていました。
日本人宿と呼ばれるゲストハウスもすでにいくつかありましたね。
2回目の訪問は99年でしたが、その時はポイペトからの陸路でした。
穴だらけの道140kmをピックアップトラックで7時間かかり、到着した時は全身砂まみれでさすがに疲労困憊でした。(笑)
最近のシェムリアップはテレビなどでしか知りませんが、今やアジア屈指の観光地ですから商業主義も仕方のないことかなと。
当時、日本食店の知人の話ではラッフルズで働く英語が堪能な女性スタッフの月給が$60だと言ってました。
Commented by shackinbaby at 2014-01-24 18:48
>ELさん
お時間を取ってコメントをいただき、本当に有難うございます。
僕の質問攻めをお許しくださいね。
ロイヤルエアカンボージュとかポイペトなんて懐かしい名前がいっぱい出てきました。
アランヤプラテートからポイぺトはバックパッカーやタイ長期逗留者、一部の安く遊びたいギャンブル中毒者、あとおクスリの欲しい人にはお馴染みの地・・・もう今はあの時代の胡散臭さといかがわしさはないのでしょうね。
僕の経験ももうずいぶん前の話です。
バンコクエアウェイズの国際線がいつ始まったか知りたくて今ググってみたのですが、調べきれませんでした。
貴重なお話を感謝します。
またいろいろお教えください。
Commented by EL at 2014-01-24 20:19 x
すみません、バンコクエアウェイズは私の勘違いかもしれません。
TGだったかもしれませんが、バンコクーシェムリアップ間の便があったと記憶してます。
が、間違いないかと言われると、考えれば考えるほど自信がなくなってきました。(笑)
ただ、シェムリアップ直行は高くて乗れないなあと思ったのは確かで、それがいつの話だったか・・・。
97年の段階ではポイペト国境はまだ外国人に開放されていなかったので、仕方なくプノンペンまで飛行機を使ったという経緯がありました。
こちらこそ長々ととりとめのない話で失礼いたしました。
Commented by shackinbaby at 2014-01-25 00:06
>ELさん
こちらこそいろいろ書いてしまってすみません。
バンコクからシェムリアップはバンコクエアウェイズが独占的に飛んでいて、タイ国際航空は過去にシェムリアップ線には参入していない気がします。
今でもバンコク・シェムリアップ間はバンコク・エアウェイズとカンボジア・アンコール航空だけです。
バンコクエアウェイズがシェムリアップ線を独占できる理由は?ですが、裏には相当な利権などが渦巻いているんでしょう。
また僕もカンボジア、ラオス辺りをうろついてみたいです。
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